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寝ても覚めても自己受容。

暇さえあれば自己受容。インプット→アウトプットの実践日記。

カタチから入る⇔ストンと心に落ちる

前回、いろいろと自己受容のためにすると良いことのサジェッションの話をしました。

hishihanabiramochi.hatenablog.com


でもやっぱり習慣ってなかなか変わらない、というか新しいことを習慣化するのって難儀なんです。

というのも、

やっぱりカタチから変えていくにしても、心に響かないとあんまりその有効性を信じてないのでなかなか続かないのです。


カタチから入ること→まずは『上を向いて歩こう』(by坂本九)。あとアファメーションの時に両腕を頭の上に挙げてV字ポーズを作るとテストステロンの分泌が上がるそうです。常に上を向いているのは効果あります。姿勢は大事。


でも、


ストンと心に落ちないのならアファメーションしてもあんまり効果ないみたいです。


で、これはわたしには効果あるなと思ったのは、ひとまず

「思考が変われば 言葉が変わる
 言葉が変われば 行動が変わる
 行動が変われば 習慣が変わる
 習慣が変われば 人生が変わる」

を繰り返すこと。そして斎藤一人さんの「天国言葉」

「愛しています。
 ツイています。
 うれしいです。
 楽しいです。
 感謝しています。
 しあわせです。
 ありがとう。
 許します。」


なにしろ自分育てなので自分の中で親を内在化して大切に、ときには根気よくつきあって行かねば。“魔の二歳児”のこどもがいるので「イヤイヤ」をされたり癇癪起こされるたびに「忍耐強くなければ、、、」と思い知らされます。こどもと共に自分の成長もゆっくり焦らず見守って行きたい(ふー)。まさしく「千里の道も一歩から」。少しずつ今自分に出来そうなことから挑戦します。

純粋に羨ましい(ただ単に嫉妬)

連れ合いの友人の彼女が妊娠した件。現在2ヶ月だそうです。


ひーー。


なぜか突如嫉妬心。。。


その理由 ↓



1.わたしより若い。

2.5年くらい前からこどもが欲しいと言っていたが今回修士課程が終わった絶妙のタイミングで妊娠。

3.若い頃オーストラリアに3年ほど住んでいた。

4.若い頃イタリアのどっかの島に2年ほど住んでいた。

5.タイに短期間住んでいた。

6.アメリカ、中南米、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、アフリカ...とにかく世界中を旅している。

7.音楽の趣味がいい。

8.ライブに沢山行っている。

9.映画の趣味がいい(ドキュメンタリーも含む)。

10.面白い本も結構読んでいる。

11.マーケティングの仕事をしている(=大学で学んだことがそのまま仕事に結びついている)。

12.キャリアアップのために仕事と掛け持ちで夜もコースを取って勉強していた(すでに仕事もあってそれよりさらにスキルアップしようとしているその向上心)。

13.妊娠に向けて着々と計画を立てていた(自分は産休・育休延ばしても給料払ってくれる企業を探し、シェフの彼氏を説得して週末は休み、夜も早く帰って来れる仕事を「斡旋」。その意気込み)。

14.計画通りになり、グッドタイミングであっさり妊娠した(でもね、これってほんとのところ、本人たちにしか分かりません)。


すごいね。願いが叶ってるんだねー。「引き寄せの法則」が働いてるのかなぁ?

何がそんなに羨ましいかって、やっぱり子供産む前に色んな経験してることかしらね。わたしも今からだって遅くはないんだけど、若かりし頃にアフリカに行かず今も特に行きたいと思ってないんだから、一生行かないかも知れない...。でも単純にすごいねー、いっぱい色んなとこ旅して来たんだねー、とひたすら感心。スゴイ、スゴイ。

(強いて言えば...

1.イタリアに住んでいたのにイタリア語喋れない(「わたし、イタリアに戻ったらすぐ思い出して喋れるようになるはず」← もとから喋れない)。
2.彼氏がフランス人で中高と少なくとも6年はフランス語勉強したはずなのに喋れない(「わたし、フランスに移住したらすぐ喋れるようになるはず」← ハッタリ。でも日本の英語教育のこと考えたら似たようなもの??)。
3.タイに住んでたのに片言のタイ語も喋れない(要するに覚える気なかった)。
4.世界中旅行して中南米にも行ってるのにフランス語とスペイン語が聞き分けられない(ありえん。高校でもフランス語やってたのに...)。
5.結構ウブで天然(洗濯機で洗ったスニーカーを乾かすのに電子レンジに入れてプラスチックの素材の部分が溶け出す始末。当然レンジは壊れる)。

な彼女なのでした。)


それにしてもすごい。彼女は「引き寄せた」意識全くないのでしょうが、わたしには「引き寄せ」の良い例に見えます。ちゃんと努力もしています。だって妊娠・子育てのしやすい環境を作るべく、職場を変えようとしたり、彼氏を説得したりしてるんですから。

おめでたいニュースじゃあないですか!(良かった、書いててだんだん祝福の気持ちが湧いてきました。ほっ...!)Sちゃん、おめでとー!


ちなみに。

彼女と連れ合いの友人のカップルはわたしたちのこどもの代父母です。彼女、なんとわたしたちのこども名義で銀行口座を開いてくれました。毎年誕生日やクリスマスのたんびにすぐ飽きられるようなおもちゃをプレゼントしてあげるよりいいだろう、とのこと。彼女がカードに書いてくれたメッセージがまた素晴らしいのです。

「大きくなって世界中を旅行する時にこれ、使ってね」ですって!


すごいね。その時は感動しました。

感謝のないところには何も生まれないんですって。人間ひとりで生きてるわけじゃなくって色んな人に見えるところ、見えないところで助けられているのです。

日々感謝。

ありがとう。

信頼と依存

わたしはあんまり自分を信頼していないので人の意見に良く振り回されます。自分の決断能力を激しく疑っているので結構人に意見を求めがちです。でも本当に信頼のおける人に意見をあおいでその上で自分で決断を下すのと、問題を丸投げして依存してまうのは全然別物なのは分かります。しかも自分が「絶大な信頼をおいている人」ではなく良く知りもしない会ったばかりの人の意見に依存しがちなのはマズい。このすぐ前のエントリーで書きましたが、わたしは何故か「権威者」に弱いのです。もちろん医者は専門知識を持った人たちなので彼らの意見は聞きます。そのまま特に何も疑わず受け入れたりもしますよね?風邪→気管支炎→抗生物質って言われたらわたしは取り敢えず処方された通りにするでしょう。でも今回鍼灸師さんに「なんだって薬もらって来たの?」と言われ、うーん。(一瞬絶句。)針治療はホリスティックに長い目で見て治療するかも知れないけど、咳の発作で辛いときはやっぱり吸入器がないと。。。と思いましたよ。


他人への信頼と依存は別物、で他人と自分との境界線もハッキリさせておかねば。


というのもこんなことがありました。胸の痛みと慢性気管支炎の話をとっても素敵な同僚にしたら、「うーん、それは心臓のチャクラよね。霊気を試してみたら?何か悩みや心配事で胸のチャクラが閉じてるのでは?」と言われました。わたしは霊気は格別治療法としては信頼をおいているわけではなく、ただ単に代替療法、ホリスティック、スピリチュアルな療法に興味があったので何度か試したことがあります(一度サイクリストがツール・ド・フランスのように南仏の田舎の坂道をものすごいスピードでぴゅーんと飛ばして行くイメージが見えました。風景は綺麗だったし気分爽快でした)。霊気のワークショップで初歩的なやり方も習ったことがあります。(その後全然使ってません。)

で、彼女のおすすめの霊気療法士のところに行きました。これまたとっても穏やかな素敵な女性で実際に霊気を施す前にわたしの話を色々聞いてくれました。それで何て丁寧な人なんだろう!普通は特に霊気を受けに来た動機をそこまでじっくり聞かないよな、といたく感激したわたしなのです。が、ちょっとひっかかることがありました。「この霊気療法士さん、同僚と親しいらしいけれど、今したハナシ、彼女(同僚)にはしないよね?外に漏れないよね。。。?」と一抹の不安。そりゃあ、友達とはいえ「あなたの同僚は〇〇の問題を抱えてるらしい」なんて言わないだろうけれど、ちょっと気になりました。とういうよりか彼女が誰かに話すかどうかより、どこまで霊気療法士が踏み込んで聞いてくるものなのか、わたしもどこまで話すのが適当なのかあとになって疑問に思ったからなのです。ハッキリ言って、わたしはただ単に霊気でリラックスし(癒やされ)たかっただけです。でも何しろ体力も落ちて病んでいて気分が滅入っていたのでちょっと話をしてスッキリ、心が軽くなった気はしました。

二回目のセッションに3ヶ月後行きました。これは自分で「あ、もう一回行ってみよう」と思ったからです。で、また同じことが起こりました。その時に彼女はわたしにわたしの話した内容を綺麗にジグソーパズルのピースを一つ一つはめて行くように理路整然と説明しだしたのです。それがピッタリと当たっているように聞こえたのは、わたし自身が長年結構色々読んだり聞きかじったりしてパターン化されたものを自分に当てはめて理解しようとしていたことと全く一緒だったからです。ここで「良かった、共感してくれる人がいて!わたしの言わんとしていることを理解してくれる人がやっと現れた!」と思うか、「あ、これどこかですでに聞いたことよね。わたしのことを知りもせず見透かしたようにこんな風にすぐに決めつけられるのはちょっと。。。」と思うかは人それぞれなので、今回彼女のことは横に置いておきます。彼女のやり方が代替医療、スピリチュアルの世界で倫理的に正しいのかどうかはわかりません。あれが彼女独自の施術のスタイルで別に特に出過ぎたことをしたわけではなく、あのスタイルに合わなければもう行かなければいいし自分で「ここまでの質問には答えますが、ここからはもういいです。コーチングや心理カウンセリングのセッションを受けに来たわけではないので」という趣旨をやんわり意思表示ができればいいんですけど。。。あれよあれよという間に、、、という感じでした(汗)。

要するに。


わたしは何でこんなにベラベラ喋ってしまうんだろうか、必要もないのに別に色々話さなくてもいいじゃないか、と思った次第です。別に強要されたわけじゃあるまいし。。。(汗)。


自己受容。自分自身にもっと信頼をおくこと。自分の力を信じること。他人に簡単に自分の力を受け渡さないこと。これ、ほんとにちょっと心と身体が弱ってるときは難しいわぁー。健康一番。気力・体力ともに維持したいものです。

なるほど

金曜の夜からの週末、連れ合いの友達の結婚式でパリに行って来ました。新郎はフランス人、新婦はレバノン出身の才女(と思う。絶対)。フランスは多民族でアラブ系の人が多いのでレバノン人、って聞いてもフランス生まれのフランス人かと思ってしまいました。花嫁さんはレバノンのフランス大使館で働いていたことがあり、フランスに現在8年住んでいるそうです。家族の人も英語を話していたりフランス語を操っていたりで、裕福で高い教育水準を受けた人たちと見受けました。花嫁さん、小柄で愛くるしい人でした。

新郎のお父さんがちょっと変わった人らしく離婚して今は別のパートナーがいるのですが、彼曰く「いやぁ、結婚なんてするもんじゃないよ。離婚するのも大変だしね。私はこれでアパルトマン二回も手放す羽目になったよ」(って。。。)。その横でパートナー(離婚歴あり)も「そうよ。わたしは結婚式前4キロも体重減ったんだから。心労ね。結婚したくなかったのよ」だって。彼女曰く「離婚は大変よ。面倒くさくて仕方なく一緒にいる夫婦もいるけど。だからお互い愛人作ってるのよね」ですって。。。!!あまりにおフランスな一言。いいんでしょうか、こんなフランスのカップルのステレタイプを裏打ちするような意見聞いてしまって。。。こういう話がまかり通っているのでわたしの住んでる国ではフランス人はよく「フランスの夫婦のあり方って斬新だよねー。お互いアバンチュールを楽しんだり別々にパートナーを持ってもいいんだって?」と言われて迷惑がっています。あるフランス人に言わせれば、「いやいや、そんなこと家庭であったら離婚危機でしょ。浮気された側は黙ってないでしょ」ということです。十人十色、人それぞれですが、フランスの特徴はそういうことがあっても所謂社会的な制裁・弾圧は少ないのでしょう。そこはやっぱり個人主義なんだと思います。(だからといって傷つく人がいない、とか修羅場にならないわけではない。)社会的に世間の目がどうとか、世間体がどうとか、モラルがどうとか、そういった批判の目が少ないのでは。それは政治家の話でも一緒かも。ミッテランも愛人がいたし、あくまでもそれは彼の私生活の話であって、クリントン大統領がモニカ・ルインスキーと関係を持ったときのように公に糾弾されることはフランスではまずなさそうです(って個人的な見解。あくまで推論、と逃げ道を作っておく)。



そんなわけで、少しブログに時間が空きました。それとその間にちょっと考えたこと(下記参照)があります。


ブログをやる意義とは?


わたしとしてはアウトプットの場として最大限に活用しようと思い、ブログを始めることにしました。ブログをやるからには公開して他人に読まれることを前提としているのですが、別に公開せずに個人的にノートにつける日記のようにしてもいいのですよね。

誰にも見せない、読まれないことを前提をしている日記は自分と向き合うのにとても良いチャンスだし、言いたいことを正直に紙に書き出せます。ブログはやはり自己検閲が入ります。

なるほど。

そうしたらわたしのような類の日記はブログとして公開しない方が良いのでは?でもアウトプットの場は複数あってもいいだろうという結論で、まだブログを始めたばかりでもあるしとりあえず続けてみます。

そういえば

昔、友人にこう言われました。

「〇〇(わたしのこと)は目の前に壁があったらわざわざ自分からぶつかって跳ね返されるタイプだよね。あたしと△△(彼女の妹)はするっとその脇をよけて向こう側に通り抜けて行くタイプ。」

それは当たってるかも。。。

世の中には要領が良く世渡り上手な人がいるものです。

で、何が言いたいかとうと。。。

人のことはいいのです。他人と比べるのではなく、自分を受け入れてること。これが自己受容。人間諦めが肝心。開き直ることも大切。。。!!

他人との比較ではなく、何か具体的に目標を立てたうえで、今日の自分は昨日の自分より少しだけ進歩があったか?という視点で物事を見たほうが生産的なのです。

今日はミラーワークと天国言葉。自分を鼓舞するアファメーションは明日。


喘息の話再び。自分の思い通りにならないことへの耐性を養う。焦らず長い目で見る。これが大切。

かかりつけの医者から、呼吸器科専門医、霊気療法士、鍼灸師、はたまた占い師まで - あんまり誰かに絶大な信頼心・期待を持つのは良くないです。わたしの場合、誰の言ってることが正しいのか混乱してしまいます。結局色んな人の意見を包括的に見て統合し、自分の考えでその時に合ったベストの決断をするしかないのです。とどのつまり、決めるのは自分。そんなの常識なのですが、「権威者」に弱いわたしは気をつけなければ。

今日鍼灸師の方に「もう咳が治まってレルベアあんまり使わないようにしてるんだったら何でかかりつけの医者からレルベアの処方箋と別の吸入器貰ってきたの?」って怪訝そうに言われた。いや、専門医がレルベア止めろって言うし、でも止めたら風邪をひいたのもあってかまた咳がものすごくてどうしようかと思ったし、鍼灸師の彼女には「レルベアみたいな強い薬は突然止めるんじゃなく徐々に」と言われてたし、かかりつけの医者からは「レルベアはとっても高価なお薬よ。それほど頻繁に咳込まなくなって来たのならこの喘息用の吸入器が一般的よ」って言われたし、薬剤師の友人からは「レルベアは肺の炎症を抑えるから必要ならちゃんと使ったほうがいいよ」と言われ。。。いや何より喘息治ってないし。。。なので対策として薬は必要なんじゃないかと。。。とぐだぐだぐだ。。。

さらには母親からのメール。喘息の針治療は身体を温める効果があるので冷え性の人にはある程度効き目があるかも。でも咳や肺の炎症なんかに関してはやはり西洋医学に頼るのが得策かも、とのこと。鍼灸師の人いわく神経径路を刺激して「気」の流れを良くするとのこと。これで滞っていたエネルギーがスムーズに流れるようになって病気に抵抗しやすくなるんだろうな、とは思う。今免疫落ちてるし。

針治療のおかげなのか確固たる証拠はないのですが、とりあえず肺の機能が少し上がった気がします。今まではとにかく非生産的極まりない空咳で結構辛かったのですが針治療を始めてから痰が切れるようになって来ました。

針は針、医者は医者、薬剤師は薬剤師、レイキはレイキ。あんまり色んな人に色んなこと言って、相手だけでなく自分をも混乱させるのはいい加減止めよう。。。と反省。何だか八方美人、というか節操がない、とういうか、結構自分の行動マズイんじゃないかと。いや、ほんとに。〇〇さんに向かって「△△さんはこう言っていた」、で△△さんには「〇〇さんとXXさんの意見はこうらしい」とか、これ場合によっては相当ヤバくない?こういう行動は慎まなければ。とにかく明日にでも喘息を治してくれる!という特効薬はないのだから。

どうにもならない状況への耐性をつけること。何でもマニュアル通りにはいかないし、何でもかんでも自分でコントロールできるとは限らない、という至極当たり前の結論なのでした。

気長な付き合い

昨日のエントリーと関連して、喘息の話です。去年の今頃、保育園で流行っていた手足口病を我が子からうつされました。こどもはピンピンして跳ね回ってるのに、我が子の介抱のために仕事を休んだわたしが苦しむ羽目に。。。とはいえ、手足は無性に痛痒かったけれど口の周りにブツブツが出来ただけで、幸い口の中には水泡は出来ませんでした。高熱が出たわけでもなく症状は軽い方だったのでしょう。

ところが、ここで免疫が下がったところで(或るいは最初に診てもらった医者が「水疱瘡」と誤診してそれに処方してもらった薬が悪かったのか)一気に絶不調で今度は気管支をやられました。気管支炎と診断され抗生物質を飲んでいたのですが、咳が止まらず一向に良くなりません。それでもまぁ少し体力が回復し、また普通に仕事していたのですが全然本調子に戻らないのです。2ヶ月おきくらいに気管支がやられ、止まらなかった咳がさらに悪化する始末。

なので今度は呼吸器科の専門医に診てもらいに行きました。そうしたら、何のことはない、「喘息」と言われました。。。(世の中の喘息持ちの皆さん、喘息なめてかかってるみたいですみません。)それで人数カウンターみたいな、または四角い大判のカチッとワンタッチプッシュ式のライターみたいな吸入薬をもらいました(今ググったら「レルベア」と日本語読みが出てきました)。

で、治らないんです。完全には。

今日鍼灸師の人と話をしていて今更ながら気づいたのですが、これはちょっと風邪をこじらせた時に医者に行って処方箋をもらって一週間経ったら治る、というのとは全然違うんですね。子供の頃からつい10数年前までアトピーを患っていたのですが、それと同じ感覚。これで一発効果てきめん!という治療法はないようです。なのでヨガを続け、腹式呼吸や深呼吸を意識的にすること、ストレスを貯めないこと。

充分な睡眠。健康的な食生活。適度な運動。
趣味など何か没頭できる楽しみを持つ。
家族・友人を大切にする。
(そして自分を大切にする。)

これって基本中の基本ではないですか!

なので焦らず気長に付き合っていきます。気が付いたら治ってた、なんてことも。事実ここ10年ほどアトピー再発してません。

喘息やアトピーとなぞるのも何ですが、答えのないことをずっと問い続け探求して行くのが人生、といったようなことを聞きました。確かに今すぐ答えが欲しい!と思い他人に問題を丸投げして「何とかしてくれ」っていうのは虫が良すぎ。。。

明日死ぬかも知れないので(うーん、それはやだ)、日々感謝の気持ちを持って一日一日を大切に生きるべきなのでしょう。でもある意味気長にのんびり付き合っていけばいいや、くらいの気持ちで「今日は今日。明日は明日」と思って生きていけばいいかな、とも思います。就学前の小さなこどもがいるのでまだまこの先元気で過ごせるよう頑張ります。。。

ローマは一日にして成らず

こどもを持って思ったんだけど、結構みんなちゃんと大人にならずに自分が親になってしまっているのではないでしょうか(ま、自分の親を見て更にそう思うだけで他の人たちはどうか分かりません)。人間、その気になれば死ぬまで成長し続けるそうなので、これからも自分に合ったペースで成長していきます。子育てならぬ、自分育て。こんなことあとでこどもが聞いたら母親に対して一抹の不安を感じるかしらね。自分の経験から言って親は親然としていて欲しい、頼れる大人であって欲しい、と子供の頃思ったものです。あ、でもジャド・アパトーの『40歳からの家族ケーカク』という映画もあるくらいなのであながちわたしの思ってることも間違いじゃないよな。

それにしてもローマは一日にして成らず、とはよく言ったものです。自分を愛する・大切にすることを忘れないために、習慣化するよう人から色々サジェッションされた物事があります。


1.毎週自分に花を買う。

- 花のある生活って良いものです。でもお花って高いのね。鮮度を保つことが重要なので輸送にお金がかかるんだろうな。近所のスーパーでも売ってるけどいかにも染色したのが分かるような、どぎつい色のお花がほとんど。毎週じゃなくてもいいから気がついた時に花で部屋を飾りたいものです。あとは良い香りの蝋燭に火を灯したり、部屋にお香を焚いたりするのもいいかも。とにかく心が落ち着いてリラックスできるもの、自分をしあわせにしてくれもの。お花や植物は生きているのでその分もっと慈しむ感情が湧いて来ても良いのだろうけど、今花瓶に挿してあるお花、お水足したり濁ったのを代えないでごめんなさい(←ダメじゃん!そろそろ処分せねば...)。


2.鏡に向かって、そのままでいい、ありのままの自分を愛する、と唱える。

- 毎朝の習慣にしてしまえば、10回唱えるのにほんの一分くらいで済みます。気持ちがこもってるかこもってないか、よりカタチから入ることで潜在意識にメッセージが届いて効果があるそう。朝こどもを保育園に送る前ってたった一分とはいえ、あんまりこれやる余裕がない。でもやり始めたら結構簡単にできてしまうかも。と、いうことで明日から実践。トイレの鏡の前で一分。


3.毎日5分間瞑想する。

- たった5分間なのに瞑想が続かないのはなぜなのでしょう??今まで結構テレビやネットで気を紛らわせていました。そうしてる間は色んな事考えずにすみます。最近メディアデトックスをしてるので、お茶を淹れて5分なり10分なり目を閉じてじっと座っていることから始めるのもいいかも。今日行って来たマインドフルヨガのクラスがすごく自分に合っている気がした。なので自分の感情と身体で感じる感覚に注目して雑念を取り払うのはいい方法だ、と思いました。ほんと、自分の中心に還って行く感じ。蝋燭の炎を薄目を開けて見ながら瞑想する人もいるので、何かに焦点を当てそれに集中することで心の波を鎮める、無心に帰るのは良い方法だと思います。


4.天国言葉を唱える。

- これを一日48回。5分程度で早口でなくハッキリ明瞭に20回唱えられるので、15分もあれば済んでしまう。どこかへ向かっているとき、バス停でバスを待っているとき、歩いてるときに簡単にできる。これはまさしく「暇さえあれば」、「寝ても覚めても」やってれば簡単に習慣づけられるはず、と期待(って実践しなければこのブログの意味なし)。


5.自分を奮い立たせるアファメーション。

- 自分の力を信じる。自分の中の力にアクセスする。心と身体は繋がっているので、身体が弱っているときは気分も塞ぎがち。弱気になるものです。ここで何とか自分を奮い立たせる。ゆっくり静養することも大事なので無理して頑張る必要はないのですが、それでも自分には力が備わっている、決して無力ではない。これを忘れない。これもまさしく「暇さえあれば」、「寝ても覚めても」やるべきこと。今ちょっと身体を壊して心も弱っているので。


と、ざっとこんなところです。つい最近喘息だと診断されました。去年の10月の終わりくらいからだから、丸々一年慢性の気管支炎の状態なのでヨガを始めました。あと鍼治療も明日で4回目。やっと少しずつ快方に向かっている気がします。